白球の追憶#4 衝撃の逆転サヨナラツーランスクイズ/金足農vs近江(’18夏)

野球ボール 高校野球

このコーナーでは、僕が過去に現地観戦した高校野球の数多ある試合の中で、特に印象に残っている試合を備忘録として振り返り、紹介していきます。
第4弾となる今回は、2018年夏の選手権(第100回記念大会)準々決勝、金足農vs近江の試合を採り上げたいと思います。
なお、自分の記憶とメモをベースに語っていきますので、事実誤認や勘違いも出てくるかと思いますが、その点は予めご容赦ください。

開会式写真
第100回記念大会開会式(2018.8.5撮影)。当時の皇太子ご夫妻もご観覧された。

背景

2018年8月18日、第100回選手権記念大会準々決勝第4試合で、金足農(秋田)vs近江(滋賀)の対戦が行われました。
この大会は記念すべき100回目の夏の選手権ということで世間の注目度はかなり高く、大会を通じての総入場者数が初めて100万人を突破した大会となりました。春夏連覇を狙う大阪桐蔭は最強世代と呼ばれる根尾、藤原、柿木、横川らを擁し、報徳学園の小園や花咲徳栄の野村佑希、星稜の奥川、内山、横浜の万波、及川など、華のある選手が数多く出場しました。
11年ぶりの夏の甲子園出場を果たした金足農は、県大会から一人で投げ抜いてきたエース・吉田輝星(現・日ハム)が大車輪の活躍を見せ、ここまで勝ち残ってきました。1、2回戦で鹿児島実、大垣日大という甲子園常連校を破った金足農は、3回戦で強豪・横浜からも金星を挙げ、乗りに乗っていました。

一方、2年ぶりの夏の甲子園となった近江も、ここまで智弁和歌山、前橋育英、常葉菊川という、甲子園優勝経験のある難敵を次々と撃破し、満を持して準々決勝に臨みました。強打者・北村恵吾(現・ヤクルト)や存在感抜群の2年生投手・林優樹(現・楽天)、1年生ながらスタメンに名を連ねる土田龍空(現・中日)を擁する近江は、チームを率いる多賀監督から「攻守のバランスが良く、準優勝した時(2001年夏)に匹敵する力がある」と評されるほどの強さを誇り、虎視眈々と優勝の座を狙っていました。

旋風を巻き起こす東北・秋田の公立校vs滋賀県勢悲願の初Vを目指す「近江ブルー」。この一戦は、球史に永遠と刻まれる劇的な結末を迎えることになります。

試合展開

試合は序盤から互いにランナーを出すものの、3回まで無得点でした。ここまで一人で連投してきた金足農不動のエース・吉田にも疲労の色が見え、4回表、近江は敵失で出塁したランナーを、大会絶好調の6番住谷がツーベースヒットで還し、先制します。
これに負けじと、金足農は5回裏、近江先発金城から交代したばかりの林を1番・菅原が捉えてスリーベースヒットを放つと、続く佐々木がスクイズに成功し、同点に追いつきます。
しかし、近江は直後の6回表、この回先頭の土田がヒットで出塁し、これを犠打で2塁に進めると、4番・北村のタイムリーで勝ち越しに成功します。

その後は、ギアを上げた吉田と好投手・林が両者ともに踏ん張り、2-1のまま試合はついに9回裏を迎えます。

この回、金足農は6番・高橋、7番・菊池の連続ヒットと四球で、無死満塁と願ってもないサヨナラのチャンスを得ます。ここで打席に立つのは9番・斎藤。カウント1-1からの3球目、金足農は勝負に出ます。斎藤はスクイズの構えを見せると見事に三塁前へボールを転がしました。近江のサードがこれを捕球しますが、完璧なスクイズだったため三走の高橋はホームへ到達し、まず同点。ここでサードが一塁へ送球する瞬間、3塁を回っていた俊足菊池はなんと勢いそのままにホームへ突進。近江はファーストからすぐさまホームへ送球しますがタッチは間に合わず、菊池はホームへ頭から滑り込み、生還。
あまりに素晴らしいこのツーランスクイズによって、金足農は劇的なサヨナラ勝利を収めたのです。

試合スコア 写真
試合スコア

思い出

この日は最も盛り上がる準々決勝で土曜日な上、第一試合に大阪桐蔭、第二試合に報徳学園が登場するとあって、甲子園は早朝から信じられないほど多くの人でごった返していました。この2018年から、それまで無料開放されていた甲子園の外野席は有料化されチケット制となったのですが、チケット売り場からの行列は蛇行を繰り返しながら異常なほど伸びており、朝5時の時点で最後尾を追いかけたところ、既に球場横の室内練習場の駐車場内まで達していました(笑)

甲子園 行列写真
当日、早朝5時に現地に到着した際に撮影。前方の建物が甲子園。
チケットを求める人で溢れ返り、行列は既に尋常ではないほど伸びていた。

そんな盛り上がりを見せた一日のトリを飾る第4試合の最後のプレーが、まさにこの日最も盛り上がった場面となりました。スクイズまでは予想できても、二塁走者まで還るこのツーランスクイズは、恐らく敵も味方も観客も誰も予想していなかったことでしょう。球場は大興奮に包まれ、僕は全身に鳥肌が立ち、体が震えたのを覚えています。生で一度も観たことがなかったツーランスクイズを、甲子園の100回大会の準々決勝という大舞台で観ることができるなんて、奇跡としか思えませんでした。僕はいつも第4試合が終わるとそそくさと荷物をまとめて甲子園を去るのですが、この時ばかりは茫然として立ち上がることができず、しばらく興奮で手が震えていました。そしてそれは僕だけでなく、甲子園中が試合後も騒然としていました。それほどまでに、このツーランスクイズは衝撃的で強烈に記憶に残るプレーでした。長年高校野球を観ていると、「こんなことあるか!?」と思う場面に出くわす機会がありますが、まさにその代表例と言える素晴らしいシーンでした。

これは後で知ったことなのですが、この試合をNHKのテレビ中継で実況していた坂梨哲士アナウンサーは、サヨナラのホームインの瞬間に「サヨナラー!」と叫んだ後、48秒間沈黙していました。あまりの衝撃に言葉が出なかったのか、あえて出さなかったのか、局側から制止されていたのかは不明ですが、歓喜、驚愕、ショックが入り混じった甲子園の形容しがたい空気感をありのまま映し、余韻を邪魔しなかったこの実況は「無言の名実況」として一部のファンの間で今も語り草となっています。

選手について語ると、金足農の吉田くんも素晴らしかったのですが、スクイズを決められ涙をのんだ近江の林優樹くん、僕は大好きでした。抜群のコントロールが持ち味であり、しなやかで美しい投球フォームが特徴の、観ていて気持ちのいい好投手でした。この敗戦後も僕は密かに彼を応援しており、秋季近畿大会や翌年の甲子園も現地で近江の試合を観戦しました。(敗戦をバネにさらに成長した林くんは、翌年も甲子園に戻ってきました)。「いつかプロに行ってほしいなー」と思っていましたが、林くんは近江を卒業後西濃運輸でプレーし、昨年(2022年)のドラフトで楽天から6位指名を受け、見事プロ選手となりました。今後の活躍に大いに期待しています。
また、近年の近江は甲子園でかなり人気があり、集客力があるなーと体感しているのですが、僕の感覚ではその人気はこの年のこの敗戦から始まったように思います。

金足農はこの後、準決勝でも名門・日大三を下し、秋田県勢として第1回大会以来103年ぶりとなる決勝進出を果たし、「金農フィーバー」を巻き起こしました。このフィーバーを振り返るとき、人々の脳裏には必ずこの近江戦のツーランスクイズが思い起こされるでしょう。この一戦は、高校野球ファンの間では伝説の試合として、末永く後世に語り継がれると思います。

おわり

筆者プロフィール
この記事を書いた人
しんのG

高校野球を年間60~90試合ほど現地観戦している関西在住の高校野球ファンです。近畿の高校野球の話題を中心に、ライト層からコア層のファンまで楽しめるような有益なブログを目指して投稿していきたいと思います。
また、音楽も好きなので、音楽関連の想いも綴っていきたいと思います。宜しくお願いします。

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